2005年03月19日

ルイジアナ州ニューオーリンズ (1) / New Orleans, Louisiana (1)

2003年5月22日

ニューオーリンズ入り。

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有名なCafe le mondeにて、カフェオレと粉砂糖のたーっぷりかかったベニエを。角地のオープンカフェのすぐ外でストリートパフォーマーが演奏するジャズを聴きながらしばしゆっくりした。
(お決まりだが、演奏の合間にチップを集めに来る)
余談だが、この店のウェイトレスはなぜかベトナムだかフィリピンだかの東南アジア系のおばちゃんばかりだった。

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有名なバーボンストリートなどのある、フレンチクオーターにて。窓の装飾が、どの建物もひとつとして同じではなく、精巧で美しい。

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夜とはまったく違って見える昼間の通り。

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蒸気船に乗りました。
Steamboat Natchez Riverboat--New Orleans Cruises, Dinner Jazz Cruises
この蒸気船、上にオルガンがついていた。蒸気機関の蒸気を噴射するところにオルガンが組み込まれていて、なんともかわいいぽーぽーいう音が響き渡る。この写真ではわからないのだが、よく見たらオルガン演奏者のおばさんが座って弾いていた。
船ではジャズの演奏があった。気持ちよい航行だった。上流に上がっていくと、植民地時代の農園主が所有していた大邸宅が川沿いに見えた。
(これぞマンション、見学ツアーがあって、行こうといってた気がするのだが、結局行かなかった。)


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ケイジャン料理だったか、クレオール料理だったか......??
写真があんまり上品ぽくないのでケイジャン料理かな..........
ちなみに、ケイジャンとクレオールは、どちらもその昔のフランス系移民をさす。違いに興味あれば、
Creole VS Cajun - There is a Difference
を見て。

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ニューオーリンズ名物カクテル、ハリケーン。
posted by あきやん Angie at 05:40| Comment(6) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月15日

テキサス州ダラス / Dallas, Texas

なんと、書き忘れていた。
なぜか写真がない。撮ってないわけないんだがなぁ。電池切れだったんだろうか?
写真がないので、行ったのは今回の旅ではなく、前回の旅(我が家ではオースチンの悲劇の旅といわれている)だったのかと思っていた。しかし、オースチンで引き返したのだからそのときにダラスなんぞ行ってるはずがない。

昨日突然教科書倉庫のことを思い出して、夫にたずねた。
「教科書倉庫行ったのって、最初の旅やったっけ?」
「違うよ、横断の旅でだよ。あきやんがテキサス嫌いテキサス嫌いっていってたから忘れたんやろ?」

ぎょ。
夫に聞いて思い出した。
ニューメキシコを出てから、次の目的地は、北上してプレスリーの故郷テネシー州メンフィスやら、ナッシュビルやらに行こうといっていた。しかし、それだと、例の竜巻嵐に直撃されるということで、進路を変え、テキサスに向かったのだった。おおそういえばそうだったな。

夫「あきやんはテキサスそんなに嫌いなのに、ほんとにテキサスに行っていいの?」
私「いいよ別に。もうテキサス嫌いちゃうから」

で、テキサス入りした。しかし、私の機嫌は終始悪かったらしい。テキサスのせいではなく、旅に疲れていたのだ。自宅で料理作って食べてゆっくりしたいなぁと思ってたのだ。子連れで毎日外食はきついよ。

ともかく、ニューメキシコを出て、アマリロに行って、そこから、ダラスへ向かったんだと。そういやそうだったかなぁ。で、ダラスでは教科書倉庫を見た後、フォートワースへ向かい、フォートワースで私の機嫌が直ったらしい。

覚えていることは、ダラスは大都市だったことだ。
あと、おそろしく暑かった。
行った日が土曜だか日曜だか祝日だかなんか忘れたが、とにかく、休みの日で、ダラスのダウンタウンはゴーストタウン化していた。

で、教科書倉庫。例の、JFKが暗殺されたときに、狙撃犯がひそんでいたとされる教科書倉庫の6階がミュージアムになっている。
The Sixth Floor Museum at Dealey Plaza Home Page

まぁなかなかおもしろかった。
オーディオガイドを聞きながら回るのだが、ちゃんと日本語バージョンもある。狙撃犯がここから狙ったとされる場所にしゃがんで下の通りを見るところは非常に緊張感があった。

ちなみに、わたしはたろうがさわぐので、落ち着いてみれなかった。今思えば、わたしが落ち着かないので子供がよけいにさわいだのだとも思う。1歳児がある程度さわぐのはあたりまえなので、もうちょっと堂々としていたかったが、それでも、ああいうしーんとしたところに子供を連れて行くのは気がひける。
夫と交代で見ても良かったのだが、それだと時間がもったいないので一緒にみた。例のgrassy knoll(芝生エリア)でごろごろしていてもよかったではないか。(入れなかったか?)
疲れた。
今ならもうちょっとうまくやれると思うが、当時は余裕がなかった。

で、教科書倉庫。
本当は誰が殺したのか。

怖い怖い。
ダラスのダウンタウンは、アスファルトがじりじり焼ける音が聞こえそうなほど暑かった。
確かJFKが撃たれた日も暑かったらしい。
posted by あきやん Angie at 09:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月14日

ルイジアナ州バトンルージュ Batton Rouge, Louisiana

2003年5月21日

バトンルージュにて、ポーボーイを食べる。
ニューオーリンズ風サンドイッチだ。切込みを入れた小さめのフランスパンに、揚げたオイスターやら野菜などはさんだもの。具はオイスターに限らずいろいろバリエーションがある。

この日食べた店は、ベトナム系の人がやってた。だからメニューにはフライドライスなんかもあって、米派の夫はそのチャーハンを食べていた。
ポーボーイもチャーハンも、とてもおいしかった。ウェイターの兄ちゃんと話していて、サンディエゴから来たというと、兄ちゃんはつい最近までアナハイムに住んでたことが判明。親戚のやってるこも店を手伝うためにこっちへ来たが、カリフォルニアに帰りたいなぁと言っていた。わたしも帰りたかった。( > < )

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フライドオイスターのポーボーイ。美味。コーヒーも濃くておいしかった。


ニューオーリンズのポーボーイのうまい店。旅行中に知りたかった!
Where to find a great poboy
posted by あきやん Angie at 11:06| Comment(3) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月12日

ルイジアナ州 レイクチャールズ Lake Charles, Louisiana

2003年5月20日

ルイジアナ入り。目指すはニューオーリンズ。その前に一泊。
Lake Charlesという街に、カジノがあるらしい。
ここのカジノは、船なのだ。法律上の規制からなのか、単にそういう伝統なのか、ともかく、大きな船が大きな川の岸近くに浮かんでいる。わくわくするではないか。
私は、ベガスのスロットで100ドルほど勝ち越していたので、また勝つのではないかと思った。(甘)

ハイウェイが川に沿っている。川沿いに生える木がうっそうとしていて、ルイジアナに来た〜ってかんじ。
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長距離ドライブに疲れてくると、甘いものが欲しくなる。
デイリークイーンを見つけると絶対止まってソフトクリーム(vanilla cone)買ってた。DQのソフトクリームは日本の普通のソフトクリームと同じ味。

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川の向こうに沈む夕日。

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カジノのホテルにチェックイン。

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カジノのバッフェにて。あんまりおいしくなかった....。

泊まったカジノ。
Isle of Capri Casino - Lake Charles, LA.


高かったので泊まらなかったHarrah's。
Harrah's Lake Charles Casino - Hot Deals, Casino Information and Reservations
posted by あきやん Angie at 06:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月11日

テキサス州 ヒューストン / Houston, Texas

NASAのヒューストンスペースセンター (Johnson Space center)見学。
アポロ11号が月から交信した、あの、こちらヒューストン、のやつです。

自分の薄れた記憶を補完しようと、夫に質問。
「ヒューストンのNASAってどうやったっけ?」
「しょぼかった」
あ やっぱそう言うか。

「そうやんな、あそこはもう今や現役引退してるもんな。打ち上げはフロリダばっかりやもんな」
「フロリダのケネディ宇宙センター行こうっていったけど、あきやんがもうヒューストン行ったから行きたくないって言ったから行けなかった」
そうじゃ。私は旅をとっととやめたかったくらいだからな。私はもう小さい子連れの旅に疲れていたのじゃ。

でも、ジョンソン宇宙基地には行けばよかったと今思う。きっと、ヒューストンのより良かったはずだ。

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宇宙飛行士のトレーニング風景の展示(だったと思う。) 浮いてるのは人形です。

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宇宙飛行士が、ロケットの中でシャワーを浴びる図(人形です)。無重力だから、水はつぶつぶで、流れ落ちないから大変。

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無重力環境で寝るベッド。体をベルトで固定してから。

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乗り物にのって敷地内を回るツアーに参加。
こちらヒューストン、をやったビルの中もみた。あたりまえだが、古くて、もう使われてませーんというかんじ。(フロリダならば...........しつこい)
横たわるスペースシャトル。

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フライドポテトが星の形。

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宇宙飛行士のヘルメットをかぶってみたよ。

別に、時間の長いツアー、確か前日に申し込んでおくやつ、宇宙食を食べたり、もうちょっと詳しく見れるツアーがあったのだが、われわれは参加しなかった。たろうを連れては無理だと判断。
あれに参加してたらもうちょっと面白かったかもしれんが、残念ながらヒューストンのパビリオンはいかにも子供向けというかんじがした記憶がある。私の精神状態が良くなかったというのもあるかもしれんが.....

宇宙飛行士といえば、漫画, 度胸星、めちゃくちゃおもしろかったのに、なんであんな途中で終わったのだ?
続き書いてほしいよ。読みたいよ。
posted by あきやん Angie at 11:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月10日

テキサス州 フォートワース / Fort Worth, Texas

2003年5月17日あたり

フォートワース観光。
ストックヤードと呼ばれる地域で、ステーキ食べて、ウェスタン土産物屋物色して、ロングホーン牛にまたがって、牛の行列見て、広場で人々が演奏するカントリーを聴いて、ロデオ記念館みたいなん見て、ロデオ見た。

ステーキハウスにて。

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おぉ、A-1だけじゃない。ステーキソースの種類が多い。

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ステーキハウスの窓からパチリ。ブーツをかたどったネオンサインが西部風。

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和牛霜降りとは違って、アメリカのステーキは、かまねばならん。霜降りはもちろんおいしいが、こっちもおいしい。かめばかむほど味が出る。(じゅる)
あー、アメリカに住んでたときはよくステーキ食べてたなぁ。日本に帰ってからは、めったに食べなくなったなぁ.............(牛肉高いね)

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街中を、一日に何度か...........
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牛が行進します。

家畜取引所の跡地にて。
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ロデオを見た。
残念ながらデジカメの電源が切れてしまい、幕開けの部分しか写真をとれなかった。でも、あのオープニングがとれただけでもよかった。
長い髪の白人の女の子たちが、馬にまたがり、大きな旗をかかげながら、さっそうと登場した。音楽にあわせて、馬を駆る。スーパーボールの開幕とか、独立記念日の花火とかと同じような気分の高揚を感じる。自分がアメリカ人なら、proud to be Americanって感じたかもねぇ。一応アメリカ国籍を持つ息子は横でそんなことはもちろん考えもせず、大きな音楽と光と人々の歓声で、きゃーきゃー言っていた。ここは、息子が少々騒いでも気にしないでいいのでよかった。

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フォートワース、ウェスタンな町であった。
posted by あきやん Angie at 10:14| Comment(9) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月09日

Amarillo, Texas

(これを書いている、2005年3月8日、花粉飛散量、極めて多し、ああもう、くしゃみがとまらんわ!!!私も夫も花粉症。夫のほうが症状がひどい。)

2003年5月16日
テキサス入り。
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テキサス州に入ってすぐにあった観光案内所にて。
たろうが寝ていたんだっけか、忘れたが、わたしとたろうは車に残り、夫が情報とりに行く。なかなか戻ってこない。
なんか袋持ってきた。なんじゃ?
私も結局車を降りて見に行った。
新しくできた初日だったようで、テレビカメラが来ていた。(夫はなんかインタビューされたらしい)山のようにいろんなパンフレットをくれて、この袋に入れてくれた。たしかオレンジジュースももらったような気がする。
そして、出ました、"Don't mess with Texas"。
テキサスに、ちょっかい出すなよ、って訳したらいいんだろか。これって、ハイウェイを走ってたら、道路標識看板にも書いてあるのだ。茶目っ気ありますね。ごみを捨てんなよ、って意味にもなるよね。
テキサスは、北米の中で長らく独立した王国だったのだ。独立心が旺盛。テキサスレンジャース、カウボーイの国....
うん?なんだか楽しくなってきたかもしれない.......
よっしゃ、肉食うぞー。


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で、アマリロの町に入ってから、ステーキ食べた。ハッシュドポテトや、コーンブレッドがskillet(まーゆーたらフライパンやな)の上にのってるがテキサスっぽいか。

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小さな動物園が併設された公園にて。


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はい、出発。アマリロは大きな街だ。しかし、街を出ると、はい、なーんにもありません。まーっすぐな道。

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牛が草を食む。

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スポンジボブにでてくるサンディの歌うテキサスの歌をくちずさみました。
posted by あきやん Angie at 10:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月07日

Tucumcari, New Mexico → Amarillo, Texas

2003年5月16日
Tucumcariを出発。今日はテキサス入りする。
私ははっきりいってこれまでテキサスが嫌いだった。(オースチンだけは別格らしいと思っていたがそれはさておき。)
だいたい、カリフォルニアからしてみればテキサスなんて外国みたいなもんなのではないだろうか。
テキサス......... 白人の根っからの共和党員で人種差別主義のおじいに黄色いやつめお前の国へ帰れとは言われまいか?(9割冗談。話はそれるが、私の妹の友達で、白豪主義ばりばりのころのオーストラリアに子供時代住んでいた人がいて、その人は、プールで泳いでいると、ある白人に、黄色人種が泳いでるからプールの水が黄色くなると言われたことがある、と聞いたことがある。私は、世の中差別があるのは当然で、たとえば男女平等なんていってる人は頭がおかしいと思っているのですが、(男に子供が産めるか?女に真の理論的考えができるか?)ちょっと、幼い子供にそんなこというのはひどいなぁと思った。)
話がそれました。
テキサスです。
以前に、2002年のクリスマス休暇に、夫と私とたろうとで、10日だか2週間だかの旅に出たことがあります。息子たろうはまだ6ヶ月。移動手段はもちろん車。行き先は、ただ、東へ、行ける所までというもの。私ははっきり言って行きたくなかった。幼い息子を連れて、大変なことはわかりきっていたからです。しかし、夫の情熱に負けたのと、やはり自分も本当は旅が好きというのもあり、出発しました。
夫は、フロリダまで走ろうと思っていたらしいのですが(アホか)、結局、テキサスのオースチンでわたしがぶち切れて、西へ戻ることになりました。
私はテキサスなんて嫌いだ嫌いだと言い続けていました。今思えばなんであんなに嫌いだったんだろうなぁ。カリフォルニアの人たちがテキサスのことをテレビで小ばかにしたりするのを見たりして、変な思い込みがあったのかなぁ。
で、テキサスを馬鹿にしつつも、オースチンだけはすばらしい、音楽があふれているんだ、と複数のカリフォルニア人たちに聞いていたので、オースチンだけは行ってみたいなと思っていました。
しかし、旅に疲れ、オースチンでモーテルクーポン冊子に載ってた安い宿がどこもいっぱいで、ようやくみつけたへんなモーテル(簡単なキッチンがついていて、たくさんのメキシカンが住んでいた。2つベッドがある部屋に5人家族が住んでいたりした。)のある場所周辺には音楽なんてもちろんあふれておらず、朝が来るとすぐ出発したので、オースチンはいまだにどんなところだか知らないのだ。
ちなみに、今回の旅のルートではオースチンはかぶらなかった。縁がないんですな。それとも、わたしがまた旅をやめると言い出すのをおそれた夫が旅のルートからはずしたのかも。

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Tucumcariを出発するところ。
いかにもルート66というかんじのモーテルが並ぶ。

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町を出ると、すぐに何もなくなる。

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なんて美しい荒野。
青い空、白い雲、赤い大地。まるでジョージア・オキーフの絵のようだ。

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旅の間、後部座席で長い長い時間をすごした息子。ママカット直後で変な前髪になっている。
尻は痛くなかったかい?あのころはぜんぜんしゃべれなかったからなぁ。今聞いても覚えてないだろうなぁ。

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アメリカにいるときよく食べていた、キャンディーJolly Rancher。
特に名前について考えたこともなかった。ランチャーと日本語音にしてしまうと、Launcherのほうが頭に浮かんでいたくらいだ。
しかし、ここら辺を走っていてふと気づいた。あ、rancherやん。(rancher = 大農園または大農場の経営者または労働者)jolly rancher. 楽しげな大農場で働く人。
あ、そういう意味だったのね。とてもアメリカ的な名前だったのね。
JOLLY RANCHER Candy - HERSHEY'S

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空模様が不穏になってきた。嵐が追いついてきた(私たちが嵐においついたんだったっけ?忘れた。)

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牛の牧場。でかかったー。このあとテキサス入りしてから見た牧場はさらにすごかった。わたしたちが持ってたビデオカメラは起動にかなりの時間がかかって、ハイウェイ走行中に何かとろうと思っても、絶対シャッターチャンスを逃していたのだが、この牛たち、あまりにたくさんいるので、ばっちりビデオに収められたくらい牧場(というか、出荷前の牛を集めるところか)がえんえんと続いたのだった。

そして、夫はテキサスが近づくのがうれしそうだった。
プロレスファンだからだ。これから向かうアマリロは、なんとか言うレスラーの出身地なのだと言っていた。
posted by あきやん Angie at 06:31| Comment(7) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月06日

Tucumcari, New Mexico

泊まったモーテル。よく言えばルート66的懐古趣味、悪く言えばオンボロ。
モーテルの割引クーポン冊子で見つけたのだが、プールとウォータースライダーがある、と書いてあった。どんなんだろう?かすかな期待を胸に行ってみると、
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この、
看板の横から、水色のパイプが斜め下に向かってあるのがわかります?これです。(写真の上でクリックすると、写真が拡大されます)
ちなみに、壊れていて使えなかった...........。プールには水さえ入ってなかったよ。
ルート66の往来が激しかったころには、このスライダーも人々に喜ばれたのでしょうか.......
ちなみに、ここのランドリールームの乾燥機もつぶれとった。
オフィスのおっちゃんに、ぜんぜん乾かへんでー、と言いに行ったら、リネン室というのでしょうか、ベッドシーツとか洗って乾かす部屋のでっかい乾燥機を使わせてくれた。何も考えずに普段の乾燥機の乾燥時間であわせて、戻ってくると、ばりんばりんに熱く乾いていた。

恐竜博物館
Dinosaur Museum
このようなものがある、と夫が見つけて、行くことになった。
小さな町のコミュニティーカレッジが運営する、恐竜博物館。はっきりいって、大したことないだろうと思っていた。
しかし、行ってみると、すばらしいことに気づいた。
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ニューメキシコって、恐竜の化石がいっぱい出てるのだよね。ここのミュージアムは、農業で言えば、産地直送ってやつ?いや、産地直売か。
説明も、子供にもわかるようにしてあるから、私たちにも楽しくわかりやすかった。展示が楽しかった。恐竜の巨大な足跡の化石のレプリカの中に入れたり。

たろうは、発掘遊びコーナーから離れようとしなかった。3歳の今なら、化石を掘る!ということで、本来の喜び方をするだろうが、この時まだ1歳のたろうは、砂遊びとしか思ってなかったと思うが.....。
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砂のかわりに、クルミの殻を砕いたものが使われていました。

もし、ルート66の旅でTucumcariを通ることがあったら、この恐竜博物館はお勧めです。
posted by あきやん Angie at 07:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TucumcaRi

下記エントリーで、TucumcaLiとしていましたが、正しくは、TucumcaRiです。すみません。訂正しました。いやはや、日本人です。RとLの違いに弱いです。

City of Tucumcari
"Report a Pot Hole Click Here"が笑えた。(笑っちゃ悪いが...)
いやでも、アメリカの田舎って、ほんとに、ぼこっと道路に鉢植えが入りそうな穴が開いてるのだ。いや、サンディエゴの町中でも、ぼこっとあいてるときたまにあったなぁ。いや、ハイウェイでも....。
posted by あきやん Angie at 06:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月04日

Santa Fe → Tucumcari, New Mexico

2003年5月15日

サンタフェを出て、向かうは、Tucumcari。 正しい発音を知らん。私らは思いっきり日本語で、ツクムカリと呼んでいたが....。

ハイウェイを走っていると、時折、Historic Route 66の標識が出る。そして、ハイウェイを降りると、ハイウェイと平行して、多少ぐねぐねした、古い道が現れる。それが、今では歴史的遺物となったルート66だ。
ルート66について↓
Route 66 A Concise History

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観光局でだか、モーテルの受付だったか、忘れたけど、どっかでもらったルート66のリーフレット。
興味深い写真が載ってた。
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ルート66の古い写真。これはまた、舗装される以前だ。恐ろしいなー。

年のいったアメリカ人の多くが、退職後にキャンピングカーで全米を回る、特にルート66をたどる旅をしたいと思っているとかよく言われているが、実際、私たちはこのアメリカの旅の間、退職後の老夫婦のキャンピングカーをよく見かけた。どの老夫婦たちも楽しげに見えた。


でこのあと、恐ろしい目にあった。
Where to pump......... the most important thing when you're driving through the wilderness......

ガスが、微妙な量だった。
サンタフェを出るときに、どうしようかなとちらっと思ったけど、次回のトイレ休憩でいいや、と思って、入れなかった。
で、ハイウェイに乗ると、どんどんどんどん人里はなれて、もうほんとうになーんにもなくなった。見渡す限り荒野が広がる。でも、地図をみると、(このへん数字をまったく覚えていないんだが、)100マイルだか200マイルだか走ると、町がある。けっこう太字で書いてあるので、それなりの町だろう、と夫が言った。
ガソリンの残量は、容赦なく減っていく。
そして、ついに、その町に、いや、かつて町だったところに着いた。民家が2軒くらいあった。スタンドは!?!?
古ーーーい、それこそルート66時代の遺物、気持ちに余裕があれば、まぁアンティーク!と写真を撮ったかもしれない、見捨てられた給油所が。私は夫をにらみ、たぶんののしったと思う。でも、給油せずに出発したのは、自分も合意したのだから、自分のせいでもある。それがまたよけいに腹がたった。

ランドマキナリー、なんでこんな太字で書いた?

そしてまたハイウェイにのり、荒野を走り続けた。
次は、もうちょっと大きなハイウェイに合流する。そこにはさすがにあるだろう、ガソリンスタンド。
で、合流地点。
そこは、荒野の中の、ただのT字路でしかなかった。しーん。

こんなときこそ、AAAの助けを!
しかし、携帯電話の電波表示は棒ゼロ。
ハイウェイ沿いの緊急電話なんてとても見当たらない。

しかたないので、走り続けた。

そして、ついに、たどり着いた!!!!
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実は、この日、嵐が来ていたのだ。車の外に出ると、体がよろよろと飛ばされそうになるくらいの強風が吹いていた。
それが、私たちにとって、追い風になっていたのだ。ああ、なんてついていたんだ。
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給油。
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マジで空っぽ。


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レギュラー$1.39。サンディエゴじゃ考えられない値段。

ちなみに、アメリカの高速道路というのは、日本と違って、都心部や特殊な道路を除いては、無料。高架になってるところもあるが、田舎ではそうではないことが多い。
そして、もちろん、サービスエリアなんてものはない。
給油するのも、食事をとるのも、トイレに行くのも、ハイウェイを降りるのだ。あ、トイレとパーキングエリアはたまにあるな。でも、たいていは、給油ついでにガソリンスタンドでトイレに行きます。
posted by あきやん Angie at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月03日

Santa Fe, New Mexico (2)

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露天でアクセサリーを売っていた美人のネイティブアメリカンのお姉さん。ここにはたくさんのネイティブアメリカンの人たちが銀などの手作りアクセサリーや絵画などを売っていたが、この人のアクセサリーが抜群にセンスがよかった。
わたしは、銀のブレスレットを買った。今まで各地で、いいデザインのブレスレットを見つけても、自分には大きすぎてぶかぶかだった。この人のところには、小さいのもたくさんあったので、わたしが喜んでいたら、その人も、自分も手首が小さいから小さいサイズも作るのよといっていた。ちなみに、どの店にも子供用のもたくさんあって、デザインもちゃんとしていたので、子供用でも代用できるようだった。
私はそのシンプルなデザインのブレスレットがとても気に入って、ずっと旅の間つけていた。

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ニューメキシコ風のメキシカンレストランにて。
店の名前とか覚えていないのだが、とても混んでいて、店の雰囲気はとてもよかった。
わたしの選んだ、豚の煮込みと豆、しかしそのメインの味は覚えていない。唯一覚えているのが、この写真の料理皿の右上の白いやつ。豆?何?苦くてまずかったのよ....。ウェイトレスに、これなーに?と聞くと、とうもろこしの一種で、その昔インディアンがよく食べたそうな。

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サンタフェの中心地は徹底的に景観が定められていて、みんなこういうアドビ造り。

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教会。その昔フランス人の宣教師がたてたとかいう...。
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古い教会。その昔、新大陸に布教にやってきた宣教師たちがまずたてたのはこんなのかな?
新しい教会よりも味がある。
ちなみに、なぜ、この地方の建物はアドビ造りなのか?それは、この地が、雨が少なく、木材に乏しいからです。だから昔から、粘土をこねて、日干し煉瓦を作ってそれで家を作ったんですな。

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あ、ここだ、ここだ、水曜どうでしょうメンバー、こんな高級ホテルに泊まったのか。
ちなみにわたしらは、町の中心から車でずいぶん走ったところにあるモーテル泊まり。値段がぜんぜん違うからナー。
posted by あきやん Angie at 06:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月28日

Santa Fe, New Mexico (1)

2003年5月15日

タオスを出て、向かったのは、サンタフェ。
サンタフェと聞いて思い浮かべるのは、(何、宮沢りえ?)アドビ造りの家、芸術家たちの集まるところ、センスのいい画廊や土産物屋、青い空........
そして、ジョージア・オキーフ。

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ジョージア・オキーフ ミュージアム
Georgia O'Keeffe Museum

Georgia O'Keeffe Online
オキーフの作品アーカイブ。残念ながら私がジョージア・オキーフミュージアムで見て好きになった、空に白い雲の浮かんだ絵はここにはなさそう....。
オキーフの作品は、花をモチーフにしたものよりも、ニューメキシコの荒野を描いたもののほうがずっと私は好き。
それにしても、このおばちゃん、顔がめちゃくちゃ怖い。
私だって、ニューメキシコの青い空や、荒々しくも美しいキャニオンをみて、いいなぁとは思うが、とても住もうとは思わない。
しかも、この人がNYからタオス(だと思う)へ移住した1940年なんて、さらに住みにくいところだったろうな。それがよかったんだろうけど....。

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サンタフェゆかりの人のパネルが歩道に埋め込まれている。
posted by あきやん Angie at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Taos Pueblo, New Mexico

2003年5月14日

パゴサ・スプリングスを出て、走り続け、ニューメキシコ入り。
荒野のような山道を走りぬけ、目指すは、ニューメキシコ州、タオス・プエブロ。

Taos Pueblo - New Mexico Native American Indians

現金の持ちあわせがなかった。入場料はカードで払えなかった。なんとか私と夫の入場料ぎりぎり払えたが、カメラ代(カメラを持って入るにはお金がいる)を払えなかった。
だから、中の写真はなし。
上記リンクで、写真をお楽しみください。

世界遺産にも指定されている、アドビ(日干し煉瓦)作りの古い建物。
電気も水道もない。100人ほどがここに住んでいるということだが、実際は皆、現代的な家を、このタオスプエブロの外に所有してそっちにすんでいるらしい。これらタオスプエブロの建物は、宗教的儀式のためにおいてあるんだって。
ちなみに、宗教だが、90パーセントの住民はカトリックなのだと。もちろんインディアンの古来からの宗教も信じられており、それとカトリックの教義とは、共存できるんだって。インディアンのほうは、多神教的だから、日本人からしたら理解しやすいんだけど、カトリック側ではそういうのいいんだろうか?
まぁいいっていってるからいいんだろうが....。
以前に行ったことのある、同じくニューメキシコ州にあるアコマプエブロでも、キリスト教の教会があった。

このタオスプエブロ、標高は7,200フィート(約2,200m)もの高地にある。
posted by あきやん Angie at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Pagosa Springs, Colorado

2003年5月14日

Durangoを出発して、どこへ向かうか。なかなか決まらなかったように思う。
私が旅をやめたいとぐずぐず言っていたからだ。私はこの旅の間中ことあるごとに(日本へ、というか定住生活へ)帰りたいといっていた。この長期旅行は夫のたっての望みであった。私は、夫に一人で旅を続ければいいではないかと何回も言ったのだが、夫は、私と子供と一緒に旅を続けたいといって、その点は譲らなかった。夫はよくわたしをなだめながら旅を続けることができたものだ。
結果的に5ヶ月も続けるなんて私は夢にも思わなかった。

で、次の行き先。
ニューメキシコ州のサンタフェへ行くことは決まっていた。しかし向かう206マイル先のタオスまでにどこかで一泊したい。
いつも宿を探すのは、モーテルやらファーストフード店においてある、モーテルのクーポン付冊子になったチラシだ。そこで、モーテルを探し、まず電話をかけてその日の宿は押さえておく。小さい子連れだと、さすがにユースやBPホステルのドミトリー(←楽しいんだけどなぁ)なんて無理だから。
あと、モーテルの受付の所においてある観光地の案内の小さな3つにおったくらいの縦長パンフレットも役立った。そのパンフレットだったかモーテルガイドだっかわたしは忘れたが、夫がいいところを見つけた。
パゴサスプリングス。hot springsだ。温泉だ。ユーレイで入りそびれていたので、さらに魅惑的に響く、springsという言葉。

町に着くと、川から湯気があがっていた。温泉が流れ込んでいたようだ。
さっそくそのうちのよさそうな1件のホテルに宿をとることに。
小さい子がいますが入れますか?と恐る恐る聞くと、もちろんOKといってくれた。ほっ。

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命の洗濯。いいところだったなぁ。

温泉は、露天。広い敷地内に、10ほどあったかな。それぞれ、温度が違って、冷たいのからぬるいの、熱ーいのもある(これの横には真っ赤になったロブスターの絵が書いてあった)。
写真に撮ってないのが残念だが、途中で、ひとつのプールを越えて次のプールに行くのだが、その超えるプールの水面が高くて、歩いていく飛び石の上までお湯がきている。お湯といってもあったかいくらいで、熱くはない。
なんと、その中に金魚がたくさん住んでいた。

その夜の夕食は、町のはずれの中華料理店にいった。アジア的な食べ物が食べたかったのである。
しかし、私たちが今まで住んでいたSan Diegoとはまったく違い、アジア人などここの中華料理店の人たちだけだろうと思われるこの町の中華料理店は、店内の内装の立派さと相反して、料理の味はもう、想像を絶するほどまずかった!!!
次回からこういう町の中華料理店には近寄らないことにした。
posted by あきやん Angie at 05:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月27日

Durango & Silverton Narrow Gauge Railroad, Colorado

2003年5月13日

Durangoから、ロッキーの山越えて、Silvertonへいざ出発!!
Silvertonは、名前からもわかるように、かつて銀鉱山として栄えた。
1881年に鉄道建設が着工され、あの高い山を越えるルートがたった9ヶ月で完成したそうだ。
最初は、銀や金の鉱石を運ぶためだけのものだったが、しだいに、その景色の美しさによって観光鉄道にもなっていった。現在は鉱山はとっくに閉鎖されているので、まったくの観光鉄道だ。
実際車やバスに乗っていったほうが鉄道よりずっと早いので。

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機関車トーマスのアニーとクララベルのような客車。

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切り立った岩盤にぶつかりそう!たろう、危ない!頭を出すんじゃない!

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最初は普通の客車にいたのだが、たろうが騒がしくなってきたので、ほかの乗客に気を使って(私はこの旅の間中、ずーーーーっとそんなことに気を使いっぱなしだった。今思えばもっと堂々としてればよかったと思う。)屋根だけで壁がない、吹きさらしの客車へ移動。こっちのほうが迫力があって断然よかった!煤がかかって、顔が黒くなったけど。

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たろうは、機関車トーマスの大ファン。鉄道に乗るのがうれしくて仕方がない。しかしそれは、乗車しばらくのこと。幼いたろうは、客車にいるうち、列車に乗っているということを忘れ(!)、チューチュー(英語の幼児語で、蒸気機関車のこと)どこ?と聞き始める...........
線路がカーブを描くとほら、見えたでしょ?

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片道3時間半もかかる。たろう寝てしまった。

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Silvertonに着いてから、firemanと一緒に写真をとってもらった。

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プラットホームはない。

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Silvertonの中心。道路は舗装されていない。

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西部開拓時代風酒場。中は見てません。


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町のレストランで昼食をとった。食べていたら、白髪の老人が現れ、ピアノの生演奏が始まった。

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そのレストランで食べた、ロースとビーフサンドイッチ、おいしかった。

帰る時間になった。
帰りは、また列車に乗ってもよいし、それより速いバスに乗ってもよい。
わたしらはバスに乗ることにした。私が山道に酔うので、町外れの小さなgroceryで、酔い止めの薬を買って飲んでおいた。しかしこれがいけなかった。バスのなかで眠くて眠くてしかたがなかった。普通なら気持ちよく寝てしまうのだが、たろうを連れていて、たろうはお目目パッチリ、ずっと騒いでいるので自分だけ寝るわけにいかない。つらかった。
たぶん夫も薬を飲んでいたと思う。夫は寝ていた。(むかついた)
バスを降りるときに、白人の初老の女の人が、ちっちゃい子はずっと起きてたのに親はグースカ寝てたのね、と言われた。寝てへんわ!睡魔とたたかっとったんじゃ!!!
おばちゃんは、いやみで言ったのではなかったのかもしれない。でもそのときの私には嫌味としか聞こえなかった。うちの息子がうるさくてあなたにご迷惑をおかけしたのでしたらすみませんと私は言った。
おばはんがなんと言ったのかは覚えていない。
こんなことになるなら、帰りも吹きっさらしの客車に揺られてればよかったと思ったが、こればっかりはわからないからしょうがない。
たろうが3歳になり、二人目も7ヶ月になった今、何をそんなに気にしていたのかと思うが、このときは本当に子供が泣いたりきゃぁきゃぁいったりすることを周囲に申し訳ないとずっと思っていた。美術館や劇場ならともかくも、行楽バスくらいもっと気楽にできたらよかったのだが、そこは新米ママだったのだ。また、親が神経質になると、子供も余計泣くんだな。今、うちの二人目は一人目に比べたらぜんぜん手がかからない。親も余裕があるからってのが大きな要因だと思う。

話はそれましたが、帰りはともかく、行きの列車とシルバートンの町は雰囲気満点でほんとに楽しかったよ!!おすすめです!!
posted by あきやん Angie at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デュランゴ・シルバートン鉄道

子連れ旅、次のエントリーはここについてです。

Home Page - Durango & Silverton Narrow Gauge Railroad in Durango, Colorado

冬の間も走っているのか!でもさすがに山越えしてSilvertonまでは行かず、途中のCascade Castleまでらしい。
Departing Daily to a Winter Wonderland....
トーマスの世界やな〜すてき☆
posted by あきやん Angie at 06:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月25日

Ouray, Colorado

2003年5月12日
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デュランゴ・シルバートン鉄道のチケット、翌日のがとれた。
ぽっかり予定の空いたこの日は、山を越えて、ユーレイという冗談のような名前の町へ向かった。目当ては、温泉。
日本人であるわれわれ夫婦は温泉という言葉に弱い。町営だかなんだかのプールのような温泉があるのだという。
さっそく車で向かった。
山を越えると簡単に言ったが、超えたのは、ロッキー山脈の3,000m級の山である。よくあの古い車(91年型ホンダシビック)で無事越えられたと思う。アメリカ車に比べると本当に日本車はエライと私は思う。SDで私が以前乗ってたFordのハッチバックはシビックよりずっと新しかったけど、早くだめになった。

車道の脇には雪が残っていた。どんどんどんどん登ってどんどんどんどん下って着いた山間の小さな町。温泉プール(?)をめざす。
ついた。
おや?
兄ちゃんが柄つきブラシをもって何かやっている........いやな予感。
その日は、メンテナンスのため特別に休みだった。
がーん。

その後、ほかにスパがあるというので、そこへ向かった。こぢんまりした宿の中にあった。いいかんじ。しかし、私たちはここには入らなかった。
というのも、小さい子供は入れなかったからだ。ここのスパは消毒液を一切いれていないので、小さい子はお断りなのだった。(やっぱしおしっことかする可能性あるからな。私らはスイミング用オムツ持ってたけど....気休めだもんね...)断る理由には納得した。
私たち夫婦が交代に入るという選択もあるが、そうまでして入ってもくつろげないだろうから、やめた。

で、町でコーヒー飲んで(うっすいうっすいアメリカのコーヒーじゃなくて、カプチーノとかを出す店があったので)、ランチ食べて、また山越えてデュランゴに戻りました。
ちゃちゃちゃん。
posted by あきやん Angie at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月23日

Durango, Colorado

Mesa Verde NPの次に向かったのは、デュランゴという町。目当ては、ロッキー越えのデュランゴシルバートン鉄道だ。


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この日も夜はステーキ。たろうに半分あげるためにわたしか夫の一方がグリルドサーモンを頼んだ。(魚好きなたろうは半分どころか魚の大半食べてしまう。そう思って次回一人分頼んだりするとあんまり食べなかったり。)
しかし今回の旅でアメリカ回ってる間何回ステーキハウス行っただろうか...。

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翌日。チョコレート屋さん(だったと思う...)の前で。
posted by あきやん Angie at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月22日

Mesa Verde National Park, Colorado (2)

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このような住居跡が断崖絶壁にいくつか点在している。

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私たちが見学したところはトレイルが整備されていた。

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深ーーーい谷を挟んで向かい側の断崖絶壁に住居群が見える。

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Visitor Centerに展示されていた当時の様子を想像した模型。
posted by あきやん Angie at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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