2006年03月25日

子供の歯磨き

今やこちらから歯を磨けといわなくても自ら食後には歯磨きするたろうであるが、まだ小さいころは本当に歯磨きを嫌がった。両足で挟み込んで泣き喚く口に歯ブラシを突っ込んでとにかく磨いた。
4歳8ヶ月のたろうの歯は虫歯ゼロ。とてもキレイな歯である。
しかし、最近は、あすぴが歯磨きを嫌がる。そのたび思い出すことがある。

どこでだったかは覚えていない。アメリカのどこか。
ホテルの中でぎゃーぎゃ泣くたろうを組み伏せて歯を磨いていたら、
電話が鳴った。
いつも絶対電話に出ない夫であるが、私が取り込み中のため出てもらった。

電話を切って、夫が言うには、
フロントからの電話で、ほかの客から、子供が泣いてて、児童虐待してるんじゃないかと苦情ががあったそうな。

は?

嫌がる1歳児の歯を磨いてみろよ!!!!!!
児童虐待だと!?
くやしくて泣きそうになった。

うるさいんだったらうるさいって言えよこの偽善者め!!と
私は思った。

今思えば、あの国だし、ほんとに児童虐待だと思われたんかもしれん。
でも、子供に虫歯を作るまいと格闘していた新米ママはあの時いたく傷ついたのであった。
それに、今思えば、一番の問題は、私が泣く子供に怒声をあびせてたことなんだろうな。

怒ると人が変わったようにでっかい声になってしまう癖は今実家にてリハビリ中.......。
二人目の子供の歯を磨くときは、子供が泣こうがわめこうが、えらいね〜歯磨きしゅわしゅわ〜とかいいながら、力で組み伏せ、怒らずに磨いています......。
posted by あきやん Angie at 22:12| Comment(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Belfast → Liverpool ベルファストからリバプールへ

2003年7月1日

ベルファストからリバプールへ。
私が覚えていることは、宿を出るときクレジットカードが通らなくてものすごくてまどって結局ユーロのTCで支払いして、タクシーを待たせて、ぎりぎりで船着場に着いたこと。
フェリーでは個室に入ったこと。
(最初に乗ったフェリーでえらいめにあったので今回は個室にした。一人プラス20ポンドで個室、シャワートイレつきがとれたのでよかった。でも夜の便は満室で昼しかとれなかったが。)
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それくらいしか覚えていない。

この写真は何なんだろう?
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夫に、これは食堂の写真か?と聞いたところ、

食堂なんていってないそうだ。
私は宿を出るときのごたごたから機嫌が悪くなり、あとから、ポンド→ユーロの変換が割高だったとずっと怒っていたそうな。
そして船に乗ってからはずっとふて寝していたらしい。アナウンスで、スナックが出ますみたいなのがあったが、私は「そんなんいらんわ」といって寝ていたそうな。
食べ物をやる、といわれているのに、いらんと私が言うなんて...........

あと、ベルファストでは、最後に、北のほうの巨石だかなんかの自然景観の美しいところに行くはずが、私がもう行かない、夫に一人で行けばいいといって、夫は結局いけなかったらしい。(一人でも行けばいいのに。)
自然景観ものは私は本当に好きなのに、行かなかったなんて..............

男女の脳のつくりの違い?個人的な違い?
夫は私の忘却システム(都合の悪いことは忘れる)を呆れ、半ばうらやましがっている。
posted by あきやん Angie at 07:52| Comment(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

Belfast, Northern Ireland (2) 北アイルランド、ベルファスト (2)

ロンドンデリーから帰ってきて、数日ゆっくりした。
私がヘアドライヤーなしの生活にはもう耐えられない、と爆発し(注☆)、バスに乗って遠〜〜〜〜くのショッピングモールへ出かけたり、(間違えて搬入口から入ってえらい目にあった。冷たい雨が降っていた。)、近所の公園でフィッシュアンドチップス食べながらたろうを遊ばせたり、てくてくあるいて、博物館へ行ったりした。

(注☆)ドライヤーがないともう嫌、なんて、独身時代のバックパッカーな私とはもう別人なのであった。

その博物館。

蒸気機関、自動織機など、英国産業革命関連の展示がおもしろかった。

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はるばる海を超え、時代を超えてこんにちは。
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笑ったのはこれ。
昔のいろんな時代の部屋から時代がのぼってきて、最後、「1990年代の若者の部屋」。
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posted by あきやん Angie at 14:47| Comment(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Londonderry, Northern Ireland 北アイルランド、ロンドンデリー

私がPCに向かうとすぐだっこだっこといって邪魔してくるあすぴが昼寝した。
よし、今日は久々に旅日記を更新しようではないか。

愕然とするほど旅のことを忘れてしまっている。
けれど、ふとしたときに旅のことを思い出す。先日はアテネのコインランドリー(カウンターで渡すタイプだったので洗濯屋というべきか)が突然鮮明に思い出された。
アテネの旅日記なんて書けるのはまだまだ先だなぁ。

今日は、ロンドンデリーのことを書きます。

ベルファストから日帰りで列車に乗って行った。
アイルランド人は、デリーと呼ぶ。イングランド人はロンドンデリーと呼ぶ。

壁に囲まれた城塞都市。でもエジンバラのように残った建物は古くなくていつだかしらんが再建されているようす。(うろ覚えですみません。)
覚えている印象は、なんだか、イギリス人が観光用に、アイルランドで〜す、ってわざとらしくしてるような感じがうすうすしたこと。

城壁の外をぐるーっと歩いて回った。一番遠いところからはずっと丘の下が見渡された。
壁にはIRA系と思しき落書きがたくさんされていてなんだか身が引き締まるような思いがした。

アイルランド島にありながら英国の領地である北アイルランド。
複雑........。

駅からけっこう歩いた。

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駅を出たところ。

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橋を渡る。

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橋を渡ったところにショッピングモールがあったような、なかったような.......たしかあった。何か買ったり、カードで現金をおろした記憶がある。

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ロンドンデリーの旧市街に到着。壁に囲まれた町には、何箇所か入り口がある。昔はどの入り口も小さかったと思うのだが...。

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壁に塔が。

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壁は続く。ぐるりと囲む。

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丘の上から壁の外の市街地を望む。
壁に書かれた大きな絵.........重い。

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帰りの列車。夕方のやつを逃すと帰れなくなるので、急いで駅へ向かう。
思い出した!そのショッピングモールのマクドナルドで空腹をしのぐ晩飯を持ち帰り用に買って走った走った。
(北アイルランドまで行ってマック.........トホホ)

駅に到着。間に合った。
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紋章が英国っぽいゴミ箱、と写真を撮る余裕も....。

世界の車窓から。
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マックのキッズミールにはブドウがついていた。
すっぱかったのかな。
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posted by あきやん Angie at 14:05| Comment(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月28日

Belfast, Northern Ireland (1) 北アイルランド、ベルファスト

2003年6月27日〜29日

ベルファスト到着。宿はたしかダブリンの観光局で見つけてもらって電話で予約したんだと思う。
電話で、駅からどうやっていくか聞いたのを覚えている。

駅からはタクシーに乗った。
宿はB&Bだった。ここのBBも、初老の夫婦が経営していた。子供たちの独立後家をBBにしたのだろう。
きれいに掃除が行き届き、よい感じのBBだった。BBではどこでも特に悪い思いではない。
あ、でもひとつあった。
ちょうど出発の時。今度はリバプールへ向かう船に乗るため船着場へ向かうタクシーを呼んでいた。
宿代を払おうとクレジットカードを出したのだが、カードが認証されないとおばちゃんが言った。
なんでよ。
いままでこんなことは一度もなかったよ。
何度かトライするおばちゃん。
しかしいくら待ってもカードは認証されない。
5泊分の現金の持ち合わせなど当然ない。
そのうちタクシーが到着してしまった。船の時間も気になる。
かなり時間がたった。あぁタクシーのおっちゃんにチップはずまないとだめだなぁ。
結局トラベラーズチェックで払うことにした。ユーロと米ドル建てのTCを持っていた。
ここは北アイルランド、ポンド圏。ユーロに換算した額を払った。
そして何とか船には間に合った。
トラベラーズチェックが役に立ったのは後にも先にもこの時だけだった。
いまどきの旅行にTCなんか不便なだけなのだが、一応クレジットカードが使えないときのために買っておいたのだった。

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ダブリンの町とはぜんぜん違う町並みだと思った。
ここは英国人の入植地なのだと実感した。

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BBの部屋の窓からの風景。画一的な家並みが続く。

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バスで街の中心部へ行った。これは市庁舎かなんかだったと思う。

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ダウンタウンにはモールがあって、そこのオモチャ屋でたろうのトーマスのオモチャを買った。木でできた小さいトーマスとパーシー。アメリカにいたときから持っていたたろうのお気に入りで、でも、何度も乳母車から落として失いかけていた。これがなくなるとたろうがかわいそうなので、バックアップ用に同じものを買ったのだ。
しかし、アメリカで8ドルだったものが、ここでは8ポンド!!! 通貨の違いで、倍近く払わねばならなかった。
アイルランドに渡るフェリーの中に免税店があって、ここでもトーマスのおもちゃは売っていて、買ったのだが、金属製で重く、連結部が馬鹿な作りですぐ外れたので我々の誰もが気に入っていなかった。

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散歩に出かけた。
駅の近くで川にかかる鉄道の橋を眺める。
なんだか、立派なカメラをもったおじさんが数人いた。なんだろう?


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ちゅーちゅーーーーーーー!!!!!!!!! 叫ぶたろうと私。
ここにも蒸気機関車が走っていたのか!
おじさんのお目当てはこれだったんだな。

ベルファストのBBに泊まってる間、だいたい毎晩フィッシュアンドチップスを食べていた。(安上がりでおいしいかったからね....。子連れでレストランに入るのにも疲れていた。私は毎日のように、台所で野菜をたっぷりつかって料理がしたいなぁと思っていた。)
コインランドリーまでてくてく歩いていって(けっこう遠いのだ。ほんとに旅の間の洗濯は面倒だった)、帰りに F&Cの店で買って帰った。
近くに大きな公園があって、そこで食べたりもした。
posted by あきやん Angie at 15:40| Comment(2) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月15日

アイルランドへ移動したとき、いかに遠回りしたか

以前、エジンバラから、間違えてダブリンへ移動したので恐ろしく遠回りをしてしまった、と書きました。
地名だけ書いて、その位置関係をかかなかったので、説明不足だったので、今回、いかにアホな間違いをしたかと、地図で説明します。
ちなみにこの地図は、ユーレイルパスを購入したときにもらったヨーロッパ地図の一部です。



ヨーロッパの左上つまり西北の端、大英帝国およびアイルランド。









移動の順
@桃色 London→Edinburgh
A緑色の上部 Edinburgh→Inverness
A緑色 Inverness→Dublin (これが問題のルート)
B橙色 Dublin→Belfast
C青色 Belfast⇔Londonderry
D茶色 Belfast→Liverpool

Invernessのあるスコットランド北部は、ユーレイルパスの地図にのってません。イギリス連邦がEUに加盟していないためユーレイルに入ってないから、地図からは切られています。この点に関してはこの地図は不便でした。

インバネスも載ってる地図。


そう。インバネスからエジンバラへ戻り、そこからベルファストへいけばよかったのです。私も地図をみてそのつもりでした。
しかし、切符を買うときに私はなぜか無意識にダブリンまで、と言ってしまったのです。
おかげで、エジンバラからはこの青いルートでいけるはずのところを、恐ろしく遠回りしてピンクルートでいってしまったのです。
あほすぎる、自分を激しくののしりました......。
でも夫は何も怒らなかった。わたしが反対の立場だったらいったいどういうことになっていたでしょう。本人ですら想像するのも恐ろしい。
こういうところ、夫はほんとうにえらいなぁと思う。
(逆切れされて先に日本へ帰られると嫌だったからというのもあるだろうが.....)
posted by あきやん Angie at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月13日

Dublin, Ireland → Belfast, Northern Ireland

2003年6月27日

北アイルランドへ移動。
私が北アイルランドに抱いていたイメージ:
IRA、爆弾テロ、映画「父の祈りを」、今は停戦状態?でもやっぱり物騒なかんじやね...

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車内でスナック菓子の袋をどうにかしているたろう。(ぶちまけるのか?!)

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切符。片道29ポンド。
ちなみに、英国では、ユーレイルパスは使えません。EU加盟してないから。
そりゃ〜ポンドをユーロに替えたいなんて思わんわな...。
ユーレイルパスはアメリカで買っておいたが、使い始めたのはフランス入国後。
ユーレイルパスといえば、自分で使い始めの日を記入するのだが、その記入でちょっとしたトラブルが起こることがある。
たとえば2005年の7月12日から、と書くときに、アメリカ式だと、07/12/05と書くのだが、ヨーロッパでは、12/07/05と書くべきで、したがってユーレイルパスにもそう書かないといけない。
うっかりと自国式に記入してしまったアメリカ人が注意されてるのを何度か目撃したことがある。
我々もすっかりアメリカ式になれていたので、記入するときは間違っていないかどきどきした。

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ベルファストの駅のプラットフォーム。
わりとこぢんまりとした駅だった。

(二ヶ月ぶりの旅日記更新でした。一応最後まで書こうという意思はあるのです......。)
posted by あきやん Angie at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月01日

コインランドリー

旅の間、大変だったことのひとつが洗濯だ。
アメリカにいる間は、たいがいモーテルにランドリールームがあった。
しかし、ヨーロッパで泊まった宿にはどこもそんな便利なものはついていなかった。
ユースホステルとかならあったろうが、今回の旅でユースを利用することはなかった。

宿についてチェックインするときにまず聞くこと。
一番近いコインランドリーはどこ?
数件隣なんかにあったらもう涙が出るほどうれしかった。
疲れるくらい歩かないといけなかったり、バスに乗らなければならなかったりしない場合もあった。
大人二人と子供一人の洗濯物。3日に1回はしてたと思う。

理不尽なおっさんと喧嘩したのはローマだったっけ?
韓国出身のかばんデザイナーの女性と話をしたのはフィレンツェだった。彼女は洗濯だけして、アパートで干すといって先に帰った。フィレンツェの太陽だ。彼女は正しい。天日干が正解だ。
パキスタン出身のおっさんと話したチューリッヒのランドリーには両替機がなくて、おつり目当てに何度も少し離れたマクドナルドに走った。
インバネスのランドリーでは、なかなか順番が回ってこなくて列車の出発時刻に間に合うかあせった。
プラハの駅の地下にあるランドリーではインターネットもできた。
アムステルダムのランドリーでは近くのケーキ屋で買ったケーキを食べながら待った....
うーん、いったい何件のコインランドリーに立ち寄ったのかしら。

で、ダブリンのコインランドリー。
ここは、コイン式ではなく、袋ごと洗濯物をカウンターで渡すと重さを量って、それによって値段が決まった。終わってとりにいくと、たたんでくれてあった。
地元の人がたくさん利用していた。
店の経営者は中国系だった。カウンターにいたぽっちゃりした中国系の女の子に、地元の人がたくさん利用してるみたいだけど、みんな洗濯機持ってないの?と聞くと、
持ってない人が多いんじゃない、と言った。
そういえば、友人からアイルランドは曇天の日がほとんどだと聞いたことがあることを思い出した。
この洗濯屋を利用する人々は洗濯物が乾きにくいから、家で洗濯しないのかな?

私たちがアイルランドにいる間は幸運だったのか、天気の良い日が多かった。
このたびとは関係ないけど、洗濯ネタをもうひとつ。
サンディエゴに住んでいるとき、アパートのコインランドリーでいつも洗濯していた。
洗ったあと、乾燥機にかける。毎回洗濯機1台に1.75ドル、乾燥に1ドルくらいだったと思う。
ばかにならない額だ。

洗濯物はベランダに干したかったが、アパートから禁止されていた。
景観が悪い?
サンディエゴの乾燥した空気と、強烈な日光。ものの数時間で乾くだろうに。
何軒か引越しをしたが、どこでも洗濯物干しは禁止されていた。
1件屋に住む友人たちも、日本出身の一人を除いては、みんな乾燥機を使っていた。
きょーれつな電力の無駄!!
ある白人の子は、外で干したらなんかきたない、といった。
そりゃー、排気ガスぼーぼーの上海の道路沿いとかなら、ちょっといやだけどさ。
広々したカリフォルニアの空の下だで!?

ミラメサのアパートに住んでたとき、赤ちゃんの服だけ、汚れたらちゃちゃっと洗ってベランダに干してたが、あとでアパートの事務所からまた洗濯物を干すなという紙が入ってたのでやめた。
省エネちゅーことを考えんのじゃろかね、あの人らは?
posted by あきやん Angie at 10:25| Comment(5) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Dubrin, Ireland アイルランド、ダブリン (3)

2003年6月27日

二日連続バスツアーに参加。
今回は、新石器時代の遺跡を見に行った。
たしか、ここがニューグレンジだと思う。(なんてこった。忘れた。たるちゃん見てますか?これニューグレンジでしょうか?)

バスの車窓からの風景。遠くで牛が草を食んでいる。
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ビジターセンターで。
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ビジターセンターからさらにバスにのって遺跡へ。
2グループにわかれて遺跡の中へ入った。腰をかがめて通るような狭い通路。通路には暗めに電気がついていた気がする。
中心の部屋にたどりついた。
ガイドが明かりを消す。ま〜っくら。
そして懐中電灯の明かりを用いてガイドが説明を始めた。
明り取りの窓があって、それが夏至の日だかなんだかにだけ、この中心の部屋を照らすかなんかそんなことを聞いた。
うろ覚えだが、とにかく、新石器時代に、進んだ天文学知識があったということをガイドは言っていたと思う。

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遺跡自体のことを良く覚えていないんだが、それより覚えているのが、このとき会ったカナダ人夫婦。小さい子供を乳母車に乗せてつれている。
この幼い子の親としては年が行き過ぎだ。
この子は養子なのだということがわかった。
両親の年のせいではない。
この白人夫婦の連れていた赤ん坊はどうみても東洋人なのである。
私たちとその白人夫婦は、同じ小さい子連れとして、自然と言葉を交わし始めた。

あなた方は中国から来たの?と聞かれ、いいえ!日本です。と答えた。
小さい子は中国からの養子なんだそうだ。
中国などの貧しいところからの子どもを養子としてひきとるというのは北米ではよく聞く話だ。
別に驚かなかった。

でも、なんでまたそんな違う人種の子を養子にするんだろう?
同じ白人の子で里親の必要な子はたくさんいるだろうに。
もしわたしがその立場なら、いつか自分の産んだ子ではないと子供がわかるとしても、同じ人種の子をひきとると思うのだが....。
どうせいつかわかるのなら、と思うのだろうか?
カナダやアメリカの子なら、いつか本当の親が子供のところに現れるかもしれない、と思うのだろうか?

養子のことにはそれ以上触れず、当たり障りのない話題だけ口にする私だった。
posted by あきやん Angie at 09:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月30日

Dubrin, Ireland アイルランド、ダブリン (2)

2003年6月26日

バスツアーに参加して、ある貴族の城を見学した。
最近まで貴族が住んでたらしいがもう今は住んでないらしい。

二年以上経過した今、なんせ受身のバスツアーなもんで、城の名前も、ダブリンのどのへんにあるのかも、わたしゃ覚えていない。(がーん)
日記をつけておくのだった。
次どこか旅に行くときにはぜったいに少しずつでもメモをとるぞ。
日記はつけていないものの、旅の家計簿をパソコンに入力していた。が、しかし、今探したら、ない!!
どうやら消したようだ。バックアップディスクにも入ってない。あぁデジタルデータ。(再度ガーン)ちなみに、7月24日からは、家計簿はメモ帳につけている。
そのメモ帳の後ろに、失敗から学ぶという項目があって(あって、って他人事みたいだが、自分で書いた、)、プラハジュース事件、IBISホテル3軒事件とか、雨事件とか、失くし事件とか、レストランまずい事件とかあった。
やはりメモはつけないと!!

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こんなバスに乗っていった。


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貴族の城。たろうは、新しく買ったトーマスのトレーナーを着ている。
城内部の写真がない。
撮らなかったのかなぁ.....。たぶん、ツアーでぞろぞろ行ったので、たろうをだっこしてたり静かにさせたりするのに必死だったのだろう....。
今思えば、この、子供を静かにさせようというプレッシャーが重いと、よけいに子供が落ち着かなくなるのだ。二人目の子供も1歳になった今なら母ちゃんも少しは余裕が出てきたんだが、このころは、まだまだでした。

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お城の敷地内。広〜い。そして、芝生はふっかふか。

帰り道。見晴らしのよいところをバスは進む。
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郊外の住宅地を通った。
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港を通った。
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見晴らしがいいよ〜。写真撮りたい人はおりて〜。
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このあと、バスに乗ってた女の人が、バスを止めてくれと頼んだ。彼女は妊娠中で、おしっこがしたくなったらしい。
おなかが大きくなると、膀胱が圧迫されてトイレが近くなるのだ。うむ。わかるぞ。しかし、よくそんなときにバスツアーに参加するなぁ...
バスの運転手がホテルらしき建物の前で停車し、女の人はだーーーっと走って(気をつけてくれ...)行った。
間に合ったようでよかった。

街に戻ってきた。
アイルランドの国旗が掲げられている。緑、白、オレンジ。
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バスツアー解散後、宿に戻る。
そして、預かってもらっていた荷物をもって、次の宿へ。前の宿はいいとこだったので、移りたくなかったが、延泊しようとしたら、もう一杯だったのだ。前の宿は静かな住宅地だったが、今度はダウンタウンにあった。
バスに乗ってダウンタウンへ向かう。
バス停から、目的の宿がなかなか見つからずさんざん歩き迷った。疲れた。

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教会があった。

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宿が見つかって、チェックイン。
食事をとりに、外へ。
何をどこで食べたか覚えてない。なんかテイクアウトで買って宿に持って帰った気もする。

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新しい乳母車を買ったモール。
アメリカのモールと似てた。現にアメリカのモールにも入っていた店舗がいくつかあった。

次の日もまた違うバスツアーに参加するのであった...。
posted by あきやん Angie at 12:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月02日

ウィンブルドンを見ながら

テレビでウィンブルドンのテニスがかかっていた。
私「そういえば、列車のなかで、おばあちゃん二人と相席になって話したら、ウィンブルドンで試合を見てきた帰りやって言ってたなぁ。あれはどこやったっけ?ウィンブルドンちゅーことはイギリスやんなー。」
夫「あれはドーバー。ドーバーで宿をとろうとしたら、ウィンブルドンへ試合を見に行く人がたくさん泊まってて宿がいっぱいだった」

そうだったっけ........。

子連れ旅中、日記をつけていたのはほんのわずかな日数分だった。
実に惜しいことをした。
起こったことの大半を忘れてしまったのだ。

もっと記録をつけておけばよかったなぁ。
写真ももっと撮ればよかった。特にとるべきだったのは、とまった宿すべての正面の写真と住所を控えておくべきだった!これは、友人Tから、勧められていたんだがなぁ。
あと、食事をとったところは、住所は無理でもせめて写真。

どんどん忘れていく........。夫はけっこう覚えてるみたいなのがせめてもの救いだが....。
posted by あきやん Angie at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月20日

Dubrin, Ireland アイルランド、ダブリン (1)

2003年6月24日, 25日

早朝、フェリーは無事ダブリンに着いた。
船着場からは、バスに乗って町の中心へ向かった。
町の中心についてから、道を人に聞いたりしたが、どの人もきさくで親切だった。アイルランド、好印象。


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観光案内所が始まるまで、とある大きな公園の中で時間をつぶした。緑がとても美しかった。

宿は観光案内所で紹介してもらった。中心部からはバスにしばらく乗るような場所。
残念ながら宿の写真が残ってないが、とてもいい感じだった。ホテルとして建てられたというよりは、大きな屋敷をホテルに改造したというかんじ?宿泊費も安かった。(特に、イギリスの高い高い通貨と物価の後には!)
(しかし、ここは、とりあえず二泊とかいって、その後延長しようとしたら、いっぱいでできなかった。あわてて別の宿を探し、移動するはめになった。)
イギリス同様、アイルランドの朝食も、おいしくておなかいっぱいになった。


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たしか、バス停から宿へ向かう道。

(夫が、写真のせるなというので、修正はいっとります、見苦しくてすんません。)

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由緒ありそうな、パブにてランチ。
タップのギネスの泡のおいしかったこと。
料理は、すでに作られたのがならんでいて、ほしいものを指差して、大きな皿に盛ってもらった。
写真の真ん中に写ってる人の前に料理が並んでて、この人に言っていれてもらった。
(なぜだか、料理の写真がないー。とったはずだと思うのに!煮込み料理を食べた。野菜もたくさん入ってておいしく、体にもよさそうだった。)


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ステンドグラスや、磨きこまれた木の手すりがいいかんじ。


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ショッピングモール。
カリフォルニアの現代的な建物に見慣れていた目にはとても新鮮に映る。


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寝てしまったたろう。
この後、乳母車を買い換えた。ヨーロッパの石畳では、乳母車の車輪がどんどん磨り減っていくのだ。おまけに石畳は固くてぼこぼこしていて、がたがた揺れて子供もかわいそう。周りを見回すと、ここらの人の持っている乳母車の車輪は、タイヤタイプというのか、空気が中に入っており、分厚いゴムでできている。じゃなきゃ石畳を押して歩けない!!!乳母車にも地域色が現れるものだ。
タイヤのほかにも、今持っている簡易乳母車ではリクライニング機能がないので、たろうが眠ってしまったときに、首が痛そうでかわいそうなのだ。
次に買ったやつは、ちゃんと背もたれが後ろに倒れて、車輪もごっついやつにした。大きければ大きいほど乗り心地はよさそうだが、これからの移動、列車やバスに乗り込むときは、折りたたんで大荷物と化すので、持てる限界で大きいものにした。

ダブリン城。
夕方着いて、中を見ている時間がなかったので、外しか見なかった。翌日バスツアーで、どっかの貴族の城を見に行くから、もういっかー、と。

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いかにも、石造り〜。

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小道を散歩。
posted by あきやん Angie at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月30日

Inverness, Scotland → Dubrin, Ireland エジンバラからアイルランドのダブリンへ (2)

2003年6月23日
(続き)
「サイコロ」か。

2003年6月24日

日付変わった。今Holyheadというところ。IrelandのDublinへ渡るフェリーのターミナルにいる。二ヶ所ある自動扉が開くたびに寒い風が吹き込んでくる。もう午前12時45分だというのにけっこう人がいる。30人はいるだろう。午前2時発のフェリーを待っているのか。
フェリー会社は二つある。私らの乗るのはIrish Ferryという方。

Invernessで午後12時45分に乗ってからきっかり12時間たった。そんなには疲れていないのは神経が高ぶっているせいだろう。いや、違う、さっきさんざん泣いてせいせいしたからだ。

列車を2回乗り換えてもうじきHolyheadというところ、乗客も少なく車内は静かだった。でもたろうはまだ元気で騒いでいた。
そのうち、2,3列むこうからシーッという声がいらだった調子で聞こえ、もう一度のシーッのあと、10代後半とおぼしき白人アメリカ女が(それ以前に大きな声での会話が聞こえていたので間違いなくアメリカ人だとわかっていた)、Can you please keep him down?とキッツーイ調子でいった。
それまでたろうを静かにさせようと苦心惨憺して疲れ果てていたわたしは即たろうを抱いて車両連結部に移動した。そこはガタンガタンという音で、車内とはうって変わってうるさく、窓から風がびゅーびゅー入っていた。たろうを抱いてしばらくしていたら、涙が出てきた。私何してるんだろう。
それからたろうを抱いたまますみっこの地べたに体育座りした。しばらく泣いていた。たろうはなんだか静かになってしまった。ここなら騒いでもいいのにね。

しばらくしてk3がこっちに来たと同時にアナウンスが流れて、もうすぐ終点Holyheadです、と言った。荷物をk3がとってきて、列車がとまって降りようとしたが、ドアが開かん。あわててとなりの車両のあいていたドアからおりた。
あれは思うに、10年前にも見た、外からあける形式のドアだったんではないか?窓をあけて、そこから手をだして、取っ手を引いてあける。おつきの者だか迎えの者だかとにかく使用人が外からあけてあげるという名残だとか聞いたことがあるが。なんちゅう時代錯誤じゃ。
とにかく列車ののりおりは時間との戦いであせってるので、ドアを吟味する余裕はなかった。
後ろから先ほどガキを静かにさせろとぬかした女とその母親とおぼしき女が来てたのでさっさと降りたかった。
列車から降りて、乳母車を開き、たろうを乳母車に乗せて荷物を持ち直して、とやっていたら、(ほんともたつくわ)ホームには誰もいなくなった。それから..........

(中断)
子供3人連れた親子が今来た。乳母車をついた父親は私の隣に座ると、"Cheers"といった。うぉっ、外国じゃ。カリフォルニアじゃぁ、隣にすわったら、Hiとか、How're you doing?くらいだな。Cheers,かぁ....
子供がちょろちょろどっかにいこうとするたびに父親が" Back up!"といっている。疲れている風に見える。(後述: 私もつかれていたよ)
子供3人も連れてたら(見たところ、5歳、3歳、0歳)大変だろうなと思った。この父親、大変酒臭く、たばこ臭い。
親子は隣接する鉄道駅のほうへ行ってしまった。
がらの悪い酔っ払い(誰かとけんかしてた)とか、小銭せびりの酔っ払いじいさんとかいる。
フェリー乗り場って、グレイハウンドディーポみたいなとこなんか。
(中断終わり)

ホームには人っ子ひとりいなくなり、私たちはあっちだこっちだいいながらフェリー乗り場にたどり着いた。フェリーは午前3時近くまで出ない。
フェリー乗り場に着いてしばらく私は泣いていた。そして、Dublinから飛行機で日本に帰ると夫に言った。
夫はたろうを抱っこしてそのへんを歩いた。夫とたろうが席に戻ってきて、たろうは眠そうにしていて、しばらくしてついに眠った。
今午前1時5分。チェックインまであと1時間もあるなんて、ほんといやだ。眠りたいけど、眠ってしまっておいてけぼりはいやだし。
泣いている間は本当に飛行機でたろうを連れて日本へ帰ろうとおもっていた。しばらくして、もし旅を続けるなら、もう夜行には2度と乗るまい、長距離移動は2度とするまい、と思った。(後述:独身一人旅では夜行は結構好きだったが。)
寝台車なんかで(たろうに)騒がれてまた他の人に静かにしろと言われるか、とまたは、心優しい人の安眠を妨げているのかと気にしながら乗るのはもうまっぴらごめんだ!

☆fuckの聞こえ方
今まで(さんざん)カリフォルニアで聞いてきたのとは違う。
ここにいるアイリッシュと思しき人々、ファックではなく、フックというかフォックというか、そんな感じに聞こえる。

☆bitch
列車の中でたろうを静かにさせろと言った女は、フェリーターミナルの中で、ずーーーーーーーっと電話してる。多分アメリカにいる友達に、といったところだろう。しーんとしたターミナルで、でっかい声で。
お前が静かにしろ、死ねぼけ!といいたかったが、疲れ果ててとてもこんな頭に虫のわいたやつにけんかを売る気にはなれなかった。

この旅をどうこうする以前の問題として、


もう、二度とたろう、というか小さい子を連れて夜行には乗らん。

長距離列車や、乗り換えの多い列車に乗らん。

特に、たくさんの荷物をもってなど、

絶対に乗らん!!!


(後述: その後、欧州各地で夜行や長距離列車にのった。)

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無事フェリーに乗り込んだ。
寝るところは、個室なんかじゃなく、ラウンジみたいなとこ。ベンチが硬かった。冷房がききすぎて、寒かった。上着はたろうにかぶせた。たろうが咳き込んでおえっとなって、わたしのTシャツがぬれて、さらに寒さ倍増した。トイレの手洗いのところに手を乾かすドライヤーがあるのを見つけて、そこでぶーんと一生懸命かわかしたので助かった。
フェリーの中には両替所や、免税店があった。そこで夫が、たろうにトーマスのオモチャを買ってきた。金属製の、ヘリコプターのハロルドと、トーマスとアニーとクララベルを。

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ダブリンに、朝着いた。
posted by あきやん Angie at 11:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月23日

Inverness, Scotland → Dubrin, Ireland インヴァネスからアイルランドのダブリンへ(1)

(日記メモつけていた。一部括弧書きは説明のため今加筆したもの)
2003年6月23日

列車の中。疲れている。というより、頭にまだ血が昇っている。
12:45pm発でInvernessからEdinburghへ戻ってきた。4:15pmころ着いたから20分近い遅れだ。
Edingburghで乗り換え。次はPreston行き5:10pm発。駅でまずたろうのオムツを替える。次に、ちょろちょろいろんなところへ行くたろうをひっぱったりだっこしたりしながら、駅の中のdrug storeへオムツを買いに。何とオムツおいてない。ガーン。翌朝6時にDublinに着くまであと12時間近く、あと3枚のオムツでsurviveせねばならん。
drugstore内でたろう、チョコレート発見。買うことにする。レジには2人並んでる。チョコを早く渡せとギャーギャーいうたろうを抱えて列に並ぶ。49ペンス也。
すぐにあけて、たろうにかけらを渡す。両手に持たねば気がすまないたろうにもう一かけら。そして私も一かけら。

ベンチで待つk3(後述:夫のこと)のところに戻る。日記を書いているようだ。悠長に、などと書くと意地悪な感想のようだが、そうとしか思えない。
たろうをk3の横に座らせ、公衆電話へ。
今朝internet cafeでメールチェックしたら、Cちゃん(後述:夫の下の妹)からのメールで、(後述:アメリカに住んでるときに乗っていた)車保険cancelでのトラブルについて、Aおばさん(後述:サンフランシスコに住む、夫のおばさん)から連絡があった旨を知った。
Pay phoneから、USAの保険会社に電話。前に電話で解約依頼のメッセージを留守電に残した(週末だったから)のだが、一筆書かなければならないのだと。sucks.
あわててちぎったノートにその旨記入し、policy holderのk3のサインをもらい、faxを送れるところを探しに行く。列車出発まで時間が迫っている。
Internet cafeがすぐにあって、そこで、fax machineはみあたらなかったが、尋ねてみたら、カウンターの中にあって、送ることができた。2ポンド也。ほっ。
そのままUSAの保険会社に電話したかったが、もう時間がない。k3たちのところに戻って、荷物を持ってホームへと急ぐ。
●荷物の内訳
k3持ち
・大バックパック(着替え)
・黒いコロコロつきバッグ(パソコン、洗面用具、貴重品)
・たろうを抱える
aki持ち
・中バックパック
・小バックパック
・中/小バックパック(ショルダーバックにもなる)
・おりたたんだstroller(乳母車)

電車に乗り込む。席は51A, 52Aと書いてたので、coach Aかと思い、スタンバイしていたDから3車両移動したら、coach Aが見当たらず、荷物を持って座席にがんがんあたりながら、狭い通路を移動する。ものすごく不愉快だ。
coach Aがない、と言うと、k3が、この列車であってるの?というので、またホームに降りて、駅員に確かめると、列車からほかのcrewが降りてきて、あわてて私のチケットを見て、あってるからさっさと乗れといった。もう出発時刻は過ぎていた。
とりあえずも何も、あわてて乗り、coach Aがないのだと訴えたら、coach Cだ、すぐ次の車両だといわれた。ticketを見ると、coachという小さい欄があって、Cと書かれていた。じゃぁあ、51AのAはなんだったんだ、ちきしょう。
(後述:うむ、座席にABCとふってあったんでしょうな。冷静に考えればそうとしか思えないんだが、コーチ番号があまりに小さくみつからず、あせってしまったのだった。)
席にたどり着く。大きな荷物たちを置く荷物置き場(車両の両端にある)はすでに一杯。(後述:またこの大きな荷物置き場を確保するのが戦いなのだ)k3があいてるところがないか見に行くも、なし。
横の席を見ると、机をはさんだ4人席に2人だけで座っている人々が。上を見ると、これらの席は not reservedと表示されている。
今回のVirgin社の列車は、座席の上に小さな電光掲示板があり、たとえば私らのseatの上には、
52 Edinburgh to Preston
51 Edinburgh to Preston
と書かれている。

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残念ながらこの写真には文字が写ってない。

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足元にラップトップ用の電源もある。


こんなことなら、reserveなんてされなかったほうが広々と座れたのに、と文句を言ってしまった。(言っても仕方ないのに)
すると、くだんの隣の人が、私が奥に詰めるからここに座るか?と聞いてくれて、気分を落ち着けて回りをみたら、ちらほらとnot reservedの席があった。
そこに大荷物のうちのひとつの、黒いコロ(またこれが、パソコンが入ってて重い)をおいて、その横に私が座った。
k3とたろうはもともとの席に並んで座った。もうたろうはひざの上には大きすぎる。
座ってすぐ私は2車両むこうのpay phoneへ例の保険会社へ電話しにいった。1-800ナンバーのせいなのかなんだか知らんが、このBTカードまたはクレジットカードしか受け付けない電話ではかからなかった。
不愉快なまま席に戻ったら、荷物の横の私の席にはおっさんというか兄ちゃんというか、大柄なスキンヘッドの人が座っていた。うちの黒コロバッグの上に自分のダッフルバッグを置いて。
私ここに座ってたんだが、というと、どこうとしたけど、周りをみたら、k3の後ろのひとつの席があいてたので、そこに落ち着いた。そしてこのノートに日記を書き始めた。

ようやく窓の外に目をやる。晴れ間がのぞいている。
一面緑だ。羊や牛が草を食んでいる牧歌的風景が広がっていた。

はぁ(ため息)、次の乗換えまでしばらくはゆっくりできるだろう。
次の乗り換えはたった10分しかない。この列車が遅れたらどうなるのか。
はぁ。
切符といえば、そう。この移動は、Edinburgh → Dublin。 列車を乗り継ぎ、フェリーも乗り継ぎ、全行程13時間。長っ!!!
なんでそんな長距離を?
私が切符を買い間違えたのだ。
Belfastに行くはずが、思い違いでDublinまでと思ってしまったのだ。
悲しい。
思い込みというのは恐ろしい。
当初の2倍以上の距離になってしまった。
(後述:このつらい体験であったが、後で思えば、吉と出た。最初にダブリンを見た後だったので、後で行った北アイルランドの異様さがよくわかった。)
Edinburghで切符を払い戻してもらって新たにBelfast行きを買おうかと思ったが、夜に着いてあわててホテルを探すより、早朝にDublinに着くほうが良いとk3が言った。それもそうだ、と納得した。
(後述:今思えば、私のミスをk3は全く責めなかった。立場が逆なら私はどういう反応を示したか.... 納得したのもつかの間)
その前に、k3が切符買えば間違わなかったのに、いつも私にばかり買いに行かせてむかつく、とk3にやつあたりした。
そういう態度は間違っていると思うが、いつも窓口に行くのは私ばっかりですごくいやだ。

(後述:いつのまにか乗り換えは済んでいるようだ)
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乗り換えした、Prestonの駅。


いやといえば、パソコンが重い。パソコンに加え外付けHDDまで持ってヨーロッパをバックパック旅する人などめったにいないと思う。
パソコンのサイズは15インチ。あほだ。
ちなみに、外付けHDDにはサンディエゴを出る前に友人のJさんからたくさん日本のTV番組のファイルを入れてもらっていた。(後述: これは旅の間中k3の心の支えだったそうだ。また、自分で取り込んでいたたろう用のトーマスとかスポンジボブとかも、ホテルで退屈したたろうに見せるのにほんとうに役立ったのだった)
さっきのInverness - Edinburghの列車の中でもk3は水曜どうでしょうをみるとかいって、私がどういう神経してるねんと言ったら、k3は私が怒るほうが理解できないと言った。
こんな世界の車窓からみたいな列車の中で日本の番組かけて、音響かせて、かっこわるいったらないと思う。まぁ日本の番組じゃなかったとしてもさ。
(後述:今思えば、ヘッドフォンつければいいだけの問題だと思う)
k3はこのことに関しては考えが違いすぎていて議論しても無駄だといった。
本当に理解できない。それより、持ち歩いている何冊もある日本語の本をさっさと読み終われ。(たしかに着実に読んでいるが。)
(後述:パソコンも、日本語の本も、k3が運んでいたので、文句いうのもなんだが、その分私の負担分の荷物が増えてるのである。それより何より、バックパッカーあがり(そんな表現あるんかい?)の私には、荷物は極限まで減らすことが旅の基本だと思っているので、こんなふうに荷物が多いことが腹立たしくてならなかった。)

どうも不満ばかり書いているので、気を取り直して、以前のことを思い出して書いてみよう。
(今、斜め前の2人掛け席があいたので移ろうとしたら、おばちゃんがさっときて、席とった。早っ!!
負けてるわー。完璧に。)

(後述:で、次のページからNYからロンドンへ向かう飛行機の回想録になる)

次回、列車はがたごととさらに進み、船に乗ります。
posted by あきやん Angie at 11:51| Comment(3) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Inverness, Scotland スコットランド、インヴァネス

2003年6月21日

☆移動
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エディンバラ→インヴァネス
こんな列車に乗った。

☆宿
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BB(Bed and breakfast. 一般家庭の家屋を用いた朝食つきの宿)に泊まった。

2003年6月22日

ここ、スコットランドはインヴァネスの名物(?)は何かというと....
ヒントは名前にあり。ネス。ネス湖。そうです、ネッシーで有名なネス湖。インヴァネスというのは、確か、ネス湖の河口(湖だから河口というのはおかしいな...ともかく河のように長い湖なのだ)という意味だったと思う。
今回の旅ではないけど、かつてニューメキシコのロズウェルにも行ったわれら一家がネス湖に行かないはずはない。(変な理屈だが...)
町からバスツアーに参加して、ネス湖へ向かった。

宿から、バスツアーが発着する町の中心部に向かう。

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町の中心へ向かう途中、こんな立派な橋があった。

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川沿いを歩く。

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町の中心部。

Tourist officeに行って、バスツアーのことを聞く。チケット購入。
ツアーまでに時間があったので、すぐそばの、インヴァネス城を見学。城は内部は見学できなかった。

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お城はどこも高台にあるので眺めがよい。

城の近くの公衆電話から、イタリアに電話。中学高校時代の親友がイタリアにもうかれこれ10年ちょい住んでいる。
「今どこなの?」
「スコットランド。今からネス湖いくねん。ネス湖、ネッシーのな」
「ばかだねー。で、いつボローニャ来んの?」
「いや、まだこれからヨーロッパをじわじわ東へ向かうからな、いつになるかわからへんんわ。また電話するわ」
友人も、夏は1ヶ月くらいバケーションでどっか行くのだが、詳しくは何も決まってないので、また電話で連絡を取り合うことにした。

バスに乗りました。
どんくらい乗ったか忘れたが、ネス湖到着。

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Loch Ness Exhibition見学. Lochというのは、スコットランド語でLakeのこと。
このchの発音がほ、というような、は、というような、はたまたフランス語のRのような、なんか不思議な音。

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おみやげコーナーで、たろうにタータンチェック柄の子供用リュックを買ってあげた。

で、ネッシー。
さすがに知ってましたよ。嘘だったって。あの写真はいんちきだったって、おじいさんが告白したのだよね。
でもね、ネス湖、神秘的というか、本当に何か出てきそうだったよ。

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湖の水温はとても低く、中心部の水深はとても深くて、湖の中は真っ暗(pitch-black)なのだとさ。


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細長いネス湖。船で移動。
湖畔に立つ城跡を見学。

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この霧が、いい雰囲気を出すのだよね。
posted by あきやん Angie at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

Edinburgh, Scotland スコットランド、エジンバラ (2)

2003年6月21日

☆エジンバラ城

朝、チェックアウト後、見学。
城へ向かう道がまた良い。旧市街をよく保存している。大事なんだとわかっているんだなぁ。

城を見学。ロンドン塔を見たあとなので、つい比べてしまう。城自体はロンドン塔のほうが感動が大きかった。スコットランドのなんとかいう3種の神器みたいなのも、イングランドのcrown jewelとかと比べるとやはり見劣りします...。でもこの旧市街はすごーく良い。

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坂を上って、お城に着いた。

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城下の様子は.... (バカ殿)

おや、バグパイプの音が聞こえるぞ。

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結婚式をしていた。

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城の内部へ。

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城の模型。

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城から出た。

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旧市街には、こんな秘密の通路みたいなのがたくさんある。

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通路を抜けてみた。建物の裏側に四面を囲まれた秘密の広場みたいなのに出た。

おみやげやさんのショーウィンドウ。
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☆移動
宿の高いエジンバラを後に、一路Invernessへ。4時間かかる。
posted by あきやん Angie at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Edinburgh, Scotland スコットランド、エジンバラ (1)

Edinburgh, Scotland スコットランド、エジンバラ (1)

2003年6月20日

(日記メモが残っていた。)

移動。列車で4時間かけ、ロンドンからエジンバラへ。
牧歌的風景の中を列車は進む。(たろうが騒ぐのを気にしつつ。)
到着直前に列車内からエジンバラ城が見えた。
びっくりした。
威厳があった。
あぁ、城だぁー!!! って。

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エディンバラ到着。

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こんなんに乗ってきた。


☆宿探し in Edinburgh
ロンドンから電話でめぼしいところに電話してみたが、どこも満員で予約は受け付けてくれなかった。
エディンバラの駅についてから、hotel reservationのカウンターへ。
今high seasonだから高い。一泊120ポンドといわれた。ただでさえ高いポンドでそんなにはらえるかい。で、地球の歩き方にのってたホテル/BB数件電話。どこもfull.
またさっきのカウンターに戻り、95ポンドで手を打つ。
どうもこの週末何かイベントがあるようだ。学生も休みに入ったようだし。ブーブー。

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駅を出ると、いきなり旧市街が見えた。感動。


☆宿 in Edinburgh
駅からすぐ近く。部屋に入って窓をあけると、城や教会や塔やら、old townが一望できるすばらしい眺めだった。
こんな眺めのいい宿をとれて、運がよかった。
朝ごはんのbuffetもよかったし。

ホテルの窓からの眺め。
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posted by あきやん Angie at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

London, England イギリス ロンドン(4)

2003年6月19日

The British Museum. 大英博物館。
Welcome to the British Museum

ヨーロッパを旅して、たくさんのミュージアムを訪れた。
そして、つくづく思った。
「うっへぇ、よそからぶんどってきたものばっかりやないか〜」
ほれ、わしらのもっとる財宝を見んかい!!

一例として、かの有名なロゼッタストーン、ナポレオンが遠征してぶんどってきて、それを今度はイギリスがフランスに勝ってぶんどった。そんでそれが大英博物館に飾られている。
エジプトから、ギリシャから、中東から、神殿の一部など、巨大なものからちーさいものまで........


美術館博物館って、もっとお行儀のよい優等生的なところと思い込んでいたが、何を何を。わっはっは。そうかそうか。
反省しろ反省しろとたかりやにいわれ続けている国にいては、わかりづらいことであった。


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堂々たる入り口。

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入り口前の広場で鳩と戯れるたろう。その辺に座ってる人たちが、ホットドッグのパンとか、鳩のえさにするものをたろうにくれていた。

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たくさんあった、ミイラ。
こんなとこに置いといて、ばちあたらんのか?でも、こうしてくれてるから私らも見れるんだけどさ....。

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よく運んできましたな...。

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大英博物館、建物が改築されて、雰囲気がずいぶん変わっていた。
10年前きたときはこんな透明な屋根はなかった。

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中のカフェで、こんなビールがあった。

大英博物館、結局1日行っただけ。
ほんとは何日もかけて見たいところだが、子供づれでそれはきつい。
いや、子供がいなくても、別な意味できつくなるかも。
とにかく見るべきものがたくさんありすぎて、だんだんわけがわからなくなってくるのだ。
こういうのが自分の住んでるところの近くにあって、行きたいときにぷらっといければいいなぁと思う。
ルーブル美術館なんかが近くにあったら、もうほんとにいいなぁー。

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帰りがけに散歩。
このときだったか、紳士を見たのは。
写真とってないのだが。
金融街の近くだったかな、パブがあって、そこの外のテーブルで、仕事帰りの人たちが立ってビール飲んでた。
男の人も、少しいた女の人もみんな黒っぽいスーツを、ぱりっと着こなして談笑していた。ほんとかっこよかった。いやほんとに、あぁ、この階級社会のイギリスの、中流階級以上の人たちなんだろうなぁと思わせるぱりっと感であった。


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バスの切符。
posted by あきやん Angie at 06:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

Tower of London

The Tower of London KIDS Tour
おもしろいよ。子供向けとあなどるなかれ。

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I've seen the ravens, too!
posted by あきやん Angie at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

London, England イギリス ロンドン(3)

2003年6月18日

Tower of London, ロンドン塔。
ロンドン塔、と呼ばれるが、塔だけではない。大きな城である。
ロンドン塔と聞いてイメージするもの....幽閉,血で血を洗う政争,謀,処刑,無念、死んでも死に切れん幽霊.... 


歴史的建造物というものは、その場に身をおいて、歩き回ったり眺めたりしているだけで、本当に楽しく幸せ。
(しかし、静かなところで子供がぐずりだすと拷問的になってくる)


観光シーズンに入りました。ロンドンは観光客がいっぱい。
並んで入ったよ、ロンドン塔。

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お〜いたろう、勝手にどっか行かないでくれ〜。

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建物は、夫と代わりばんこで入ったと思う。

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玉座?

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騎士たちがこの下にいたのか。

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タワーブリッジが見えた。

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衛兵さん。帽子重そう。

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この階段をどんな人たちが上がり降りしたのか....

膨大な武具コレクション。
きんきらの王冠などの写真もとったと思うのだが...みつかんない。

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日本の甲冑が......

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拷問器具のひとつ。
(拷問といえば、後にドイツのローテンブルクで訪れた中世拷問博物館??とかいうところがすごかった。)

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たしかこれは、無実の罪で幽閉された人々が、壁に彫り付けた無念の言葉。

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帰りの地下鉄で。電車の天井の丸みが、まさに、tube!!

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またフィッシュアンドチップスを食す....。
posted by あきやん Angie at 10:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 子連れ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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